神々しくも楽しい島です~江島神社編~

予想以上のパワースポット

 

実は、猫田は現在神奈川県内に住んでいながら、『江島神社』には参拝に行ったことなかったんですよね。

東京在住だった10代の頃は、湘南によく遊びに行っていましたが、専ら周辺で海水浴&食べ歩きでして・・・。神社には縁がありませんでしたね。

と、いうことで、初めての『江島神社』。思ってた以上に、良いところでした。

江島神社

 

[所在地]

神奈川県藤沢市江の島2-3-8

[電車利用]

小田急線「片瀬江ノ島」駅

江ノ島電鉄「江ノ島」駅

湘南モノレール「湘南江の島」駅

それぞれの駅~徒歩15~20分くらい

[車利用]

江の島まで車で入ることができます。

島内に有料駐車場があります。

[御祭神]

・奥津宮・・・多紀理比賣命(たぎりひめのみこと)
・中津宮・・・市寸島比賣命(いちきしまひめのみこと)
・辺津宮・・・田寸津比賣命(たぎつひめのみこと)

天照大神あまてらすおおみかみ須佐之男命すさのおのみことと誓約された時に生まれた神で、三姉妹の女神様です。

この三女神を江島大神と称しています。古くは江島明神えのしまみょうじんと呼ばれていましたが、仏教との習合によって、弁財天女とされ、江島弁財天として信仰されるに至り、 海の神、水の神の他に、幸福・財宝を招き、芸道上達の功徳を持つ神として、今日まで仰がれています。福岡の宗像大社や、広島の厳島神社と御同神でもあられます。

 

[御由緒]

『江島縁起』では、欽明天皇十三年(552年)四月十二日の夜から二十三日の朝まで大地が震動し、天女が十五童子を従えて現れ、江の島を造ったと表現しています。このことを社伝では、「欽明天皇の御宇ぎょう 神宣 しんせんにより詔して 宮を島南の竜穴に建てられ 一歳二度の祭祀この時に始まる」と記しており、欽明天皇の勅命で、島の洞窟(御窟(おんいわや)・現在の岩屋)に神様を祀ったのが、江島神社のはじまりであると伝えています。欽明天皇は、聖徳太子よりも少し前の時代の天皇で、この頃、日本では仏教が公伝され、日本固有の神道と外来の仏教が共に大事にされていました。

文武天皇四年(700年)に、役小角えんのおづぬという修験者が、江の島の御窟に参籠して神感を受け、修験の霊場を開きました。これに続き、泰澄たいちょう道智どうち弘法こうぼう安然あんねん日蓮にちれん などの名僧が、御窟で次々に行を練り、高いご神徳を仰いだと伝えられています。そして、弘仁五年(814年)に空海が岩屋本宮を、仁寿三年(853年)に慈覚大師が上之宮(中津宮)を創建。時を経て、建永元年(1206年)に慈覚上人良真が源實朝に願って下之宮(辺津宮)を創建しました。

鎌倉時代には、岩屋に参籠して戦勝祈願を行った源頼朝が八臂弁財天と鳥居を奉納。また後宇多天皇 ごうだてんのう は、蒙古軍を撃ち退けた御礼として、江島大明神の勅額を奉納されました。このことから“戦いの神”としての弁財天信仰が広がり、東国武士たちが多く江の島を訪れるようになりました。

江戸時代になってからは泰平の世となり、江島神社は“戦いの神”から“芸能・音楽・知恵の神”として、また“福徳財宝の神”として信仰されるようになりました。慶長五年(1600年)には徳川家康も参詣、代々の将軍たちも、病気の治癒、安産、旅行の安全などを祈願したと伝えられています。(公式HPより抜粋)

(続く・・・。)

 

 

 

 

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