碧い海に新緑の杜~走水神社編~

ドライブ日和だ。海へGO!

『さねさし 相模の小野に 燃ゆる火の 火中(ほなか)に立ちて 問ひし君はも』

(弟橘媛)

とある5月の連休、ゴールデンウイークってやつですな。

猫田家の家訓

『連休の時は、東名・常磐・東関道・アクアラインは利用しません。』

(渋滞をおしてまで出かけるパワーが無い。)

というのがあるので、

お出かけ好きな狸男は、「第三京浜・横浜横須賀道路」利用で

遠出をしようと、思いついたらしい。

気温が25度以上になると、生命力ゲージが3分の2ぐらいまで

減少してしまう私。

出かけたくないけど、狸子も行く気満々なので、

狸母も誘って、ドライブにでかけることに。

リポD飲んで「ファイト~!イッパァ~ツ!」。

目的地は、横須賀『走水神社』、浦賀『叶神社(東・西)』に設定。

で、今回は、まず『走水神社』のお話です。

悲しくも美しい神話

 

走水神社 本殿

まずは、『走水神社』基本情報。

[所在地]

神奈川県横須賀市走水2-12-5

[電車利用]

京浜急行「馬堀海岸駅」~観音崎行きバス乗車

「走水神社前」下車

[車]

横浜横須賀道路「馬堀海岸」IC~観音崎方面バス停「走水神社前」手前右折

 

[御祭神]

日本武尊(やまとたけるのみこと) =第12代景行天皇の皇子

弟橘媛(おとたちばなひめ)=日本武尊の妃

走水神社 森と社殿 [御由緒]

東征中の日本武尊は、古代東海道をたどり、走水から船で上総(千葉)へ渡ろうとしました。

が、暴風雨に阻まれて、立ち往生してしまったのです。

このとき、同行していた弟橘媛が自ら入水して、海神の怒りを鎮め、航海の安全を図ったのでした。

この伝説にちなみ、創建されたのが、古社『走水神社』です。

日本武尊が、航海に先立ち、この地を「水走る」と称えられたことから「走水」の地名が起こったといいます。

また、日本武尊は、身を犠牲にして海を鎮めてくれた弟橘媛を偲び、御所ヶ崎に祀る一方で、村人の敬慕に謝し、冠を下賜されたといわれています。

村人は、この冠を石棺に納め、その上に社殿を建立して日本武尊を祀ったのが、始まりと伝わっています。

明治43年、近くの御所ヶ崎に祀られていた弟橘媛は、走水神社に合祀されました。

 

こんな、悲しいけど美しい伝説を起源としている古社。

来て良かった!

海に面した高台にある社殿は、「森に囲まれて」ってよりも、「森に包まれて」いました。

まさしく、「水」と「森」のパワーに浸っているようでした。

そして、お参りに行った日は、「包丁祭」という神事が行われている最中で、間近で見学できて、幸運でした。

では、「包丁祭」のお話を次回に。

(続く・・・・・。)

 

 

 

 

 

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