「古事記」と香取神宮御祭神~香取神宮続編~

偉大なる経津主大神

 

香取神宮 本殿

ところで、「古事記」によれば、昔々の大昔、天照大御神が日本の国を治めようとしたのだけれど、地上では荒ぶる神たちが争い乱れていました。

そこで、天照大御神は八百万の神々と相談されて、天穂日命、次に天稚彦を遣わしましたが、失敗でした。

天照大御神は八百万の神々に慎重に相談させると、神々は口を揃えて「経津主大神こそふさわしい。」と申し上げました。

そこへ武甕槌大神(鹿島神宮の御祭神)が「わしも一緒に行こう。」と申し出られたので、共に出雲に派遣されることになりました。

経津主・武甕槌の二神は出雲国・稲佐の小汀(いなさのおはま)に着き、剣を逆さに突き立てた上に座るなど武威を示されました。(そりゃビビるわ。)

大国主命は、天照大御神の御命令に異議はありませんと、二神に「平国の広矛(くにむけのひろほこ)」を渡し、その後二神は日本の国を平定されました。(「古事記」「参拝のしおり」より抜粋)

香取神宮 社殿

この「国譲り」の話には、武甕槌大神による数々の武勇伝があるのですが、経津主大神のエピソードはあまりありません。

しかし、高天原の八百万の神々が満場一致で「経津主大神がふさわしい。」と推薦するということは、相当な実力がある神様なんですね。

武甕槌大神が「日本神話最強の神様」なら、経津主大神は「日本神話の最終兵器」なんでしょうか。

もし、武甕槌大神が大国主命に負かされてしまっていたら、経津主大神の出番だったんでしょう。

とにかく、この二神は最強の武神であり、剣術などの道場には、二神の名前が書かれた掛け軸がかかってますね。

そして、東国を平定された後も、香取・鹿島の地から東北方面ににらみをきかせています。

香取神宮 大鳥居

ところで、「東関東自動車道」は、東京と『香取・鹿島神宮』を繋げるために造られた、と私は勝手に思っています。

こないだ気が付いたのは、「東関東自動車道」走ってると、標識が「香取」「鹿島」方面というようになってるのです。

「東関道」は、「成田」でも「潮来」でもなく、大々的に「香取」「鹿島」行きなのです。(キッパリ)

「香取神宮」「鹿島神宮」は勅祭社でもあるので、勅使が通いやすいように、という利便性もあるんでしょな。

東京にたまった、ばっちい邪気を「東関道」を通して『香取神宮』『鹿島神宮』で祓い清めて頂き、浄化されたパワーを「東関道」を通って、また東京へ送りこんでるんですよ!(もはや妄想レベル)

※勅祭社・・・皇室と歴史的に関係が深い神社には、例祭や臨時祭に天皇陛下のお使いである「勅使」が参向し、幣帛(神様へのお供え物)が供えられます。これらの神社を「勅祭社」といい、全国に16社あります。『香取神宮』『鹿島神宮』には6年ごとの例祭に「勅使」が差遣されます。

 

と、こんなことを思い巡らせるのも、神社参拝巡りの楽しみでもあるのです。

では、次回『香取神宮』参拝のお話に続きます・・・・。

 

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